2015年02月24日

前略 母ちゃんへラスト


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「泣くな」
母ちゃん叱られたのは、この時が初めてだった。
そして、これが最後になった。
拳を硬く握り締めて、泣かないように頑張ってはみたが、
言いようのない悲しさや悔しさがこみ上げてくる。
一度、声を上げて泣いてしまったら、後から後から
涙が溢れてくる。
21歳の男が、人目もはばからず声を上げて泣いていいものか。
その時は何も考えられず、ただ悲しかった。
親父は肩を落とし、うな垂れているだけだった。
親父は、母ちゃんの余命を告げられてから、仕事を休んで
最後の20日間を二人で過ごした。
息子から見て、特別に仲良しな夫婦には思えなかったけど
母ちゃん、最後の20日間を夫婦2人きりで過ごせて
幸せだったかい?

 納棺の時や、火葬場の釜に入る時にも大声で泣いて
自分がこんなにも母ちゃんに想いがあっただろうかと不思議だった。
多分、自分が母ちゃんにしてきた事への後悔や贖罪が
あの涙だったのかも知れない。
母ちゃん、今自分は、母ちゃんの享年をとっくに追い越してしまったよ。
最後の最後に「泣くな」って怒られてしまったけど、
あの泣き虫が岩手から嫁さんをもらって、いっぱしの親をやっているよ。
嫁さんが大きな病気をした時に、仏壇に手を合わせて何度も何度も
「母ちゃん、助けて。連れて行かないで」
ってお願いしたよね。ありがとう。
そうそう、母ちゃんが最後に足を掴んで名前を呼んだあなたの初孫は
保育士になって、悩みながらも何とか頑張っているよ。

 母ちゃんにとっての自慢の息子からの長い手紙はここで終わります。
いつか自分もそっちに行くけど、もう暫く待ってて。
あの世ってものがあるか判らないけど、母ちゃんが好きだった
ロクデナシな生き方を、笑いながら見守っていて欲しい。


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posted by アズキパパ at 15:26| Comment(6) | TrackBack(0) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月20日

前略 母ちゃんへ10


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 深夜の急行つがるは寝台車ではなかったので
暗闇の窓を見つめているしかなかった。
「母ちゃん、待ってろよ。まだ逝くなよ」
抱えきれない不安、恐怖、怒りを何処に持って行けばいいか、
やり場の無い理不尽さに押しつぶされないように
拳を握り締めるしかない。
幸い、電車は空いていて4人掛けのボックスには
自分一人しか乗っていなかった。
向かいに誰か乗っていたらどんな顔をしていただろう。
「母ちゃん、逝くな」
呪文のように頭の中でリフレインしている。
山形を過ぎたあたりで、うっすらと夜が明けた。
眠れない、寝てはいけない。
しかし、その後の記憶が無い。
寝てしまった。
「八郎潟〜八郎潟〜」
で目を覚ました。強烈な自己嫌悪が襲う。
とにかく、急ごう。
タクシーで病院に向かう。
病院の玄関では、伯父が待っていた。
「待ってたよぉ。お前が来るって言ったら持ち直した」
階段を駆け上がり、病室のドアを開けた。
家族や親族に囲まれて、上掛け布団から浮腫んだ顔を出した
母ちゃんがいた。目は黄疸で黄色い。
言葉が出ない。
「ほら、息子帰って来たぞ。待ってたんだよな」
伯父が言う。
赤いモヘアのセーターに背中まで伸びたカーリーヘアの私。
「見て。こ〜んなかっこうしてぇ」
「お〜、よく似合ってる。この子はこんな格好が似合うんだ」
母ちゃんは私の手を弱々しく握り離さない。
母ちゃん、死ぬのか?本当に死んじゃうのか?
俺を置いていくなよ!嫌だ!嫌だ!
耐え切れず、小さな嗚咽が大きくなっていく。
「何泣いている!泣けばダメだ!」
生まれて初めて母ちゃんに怒られた。
弱々しかった手が強く握られた。
「泣かないで。な。頑張れ。お前は頑張れ」

 そこに生まれて一ヶ月の姪に着物を着せた姉がそばに来た。
「ほら、母ちゃん縫ってくれた着物」
姉に抱かれて着物から出た足を母ちゃんが掴んで
「ミサト〜!ミサト〜!」
と、最後の命を振り絞るように叫んだ。
姪は、火が付いたように泣いた。
母ちゃんは足から手を力なく離して、ダラリと落とした。
先生が心臓マッサージを施したが
心電図の波は横棒で流れた切り、波は起きなかった。
「10時20分、ご臨終です」
病室に泣き声だけが響いた。
母ちゃん53歳。私が21歳の時だった。


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posted by アズキパパ at 12:06| Comment(5) | TrackBack(0) | ペット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月19日

前略 母ちゃんへ9


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 母ちゃんに癌であることを悟られない為に
その日の夜行列車で神奈川に帰ることにした。
「じゃ、母ちゃん。早く元気になれよ」
「心配掛けて、悪かったな。仕事、一生懸命やれな」
余命3ヶ月とは思えないほどの顔色と言葉を言う。
本人は悪い部分を取り除いて、後は良くなるだけと思っている。
胸の真ん中に灰色がかった靄のようなものを抱えて病院を出た。

 夜行列車の寝台の個室で悶々と、これまでの自分が
母ちゃんにしてきたこと、して貰ったこと、
そしてこれからのことを考えた。
一睡も出来ないまま、カーテンで仕切られた個室で
線路を駆ける車輪の音だけが耳に響く。
時折鳴らす汽笛は、もうすぐ訪れる母ちゃんとのお別れの
合図ように聞こえ、こみ上げる悲しさは無いのに
両方の目からは涙がとめどもなく溢れてくる。
母ちゃんにとっては自慢の息子だったかもしれないけど
実際は、優柔不断なくせに思慮浅く、軽率な判断をしてしまう
ロクデナシだった。
もしかしたら、母ちゃんは全て見通してロクデナシの部分も
抱きしめてくれていたのかもしれない。

 仕事に戻ったが、相変わらず多忙な日々で
アパートに帰れるのは深夜であった。
こうしている間にも、母ちゃんの命のカウントダウンは
自分の心臓の拍動と共鳴しているように感じ、
時折、胸を叩いてその時を止めようと、愚かな行為に
出ることもあった。
電話の音に怯え、仕事でもアパートでも電話のベルが
鳴るたびに、それが死刑宣告の合図ように聞こえ
耳と体を塞いでしまう。

 母ちゃんの手術から20日目の深夜、恐れていた電話のベルが
けたたましく部屋に響く。
出られない。出たくない。きっと悪い知らせだ。
20回ほど鳴ってベルは止まった。
電話の前でうなだれて正座して、自己嫌悪に浸かっている。
10分後、再びベルが鳴る。何かから奪うように受話器を取った。
「はい・・・」
姉からだった。
「母ちゃん・・・危篤・・・」
「はい・・・」
「直ぐに帰ってきて。母ちゃん待ってるよ」
「はい・・・」
「母ちゃん、お前に連絡するって言ったら怒ったんだ」
「はい・・・」
「心配掛けたくないって」
「はい・・・今行きます」
「先生が朝までもたないかもだって・・・」
「先生にお願いして・・・生きている母ちゃんに会いたいよ」
「うん・・・早くおいで」
上野発、最終列車、急行つがるに間に合った。


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posted by アズキパパ at 11:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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